6月 292016
 

初山という行事をごぞんじでしょうか?
関東の神社の敷地内には富士塚というのがあることがしばしばなんですが、これは、富士山に登拝出来ない人のために土を盛り上げて築いたミニチュアの富士山なんです。ここにお参りすると、富士山に行ったこととおなじご利益があるということです。で、初山は、富士の山開きにあわせて、七月一日に行われ、富士塚にこの一年に生まれた赤ん坊を連れて登り、健やかな成長を願う、というものです。

私は、去年は行けなかったんですが、一昨年、この初山なる行事にむりくり参加してみました。
九州出身なもんで、あんまり富士講って、聞いたことなかったんですけれども。ほんとの富士山にも登ったことないし、生まれてこのかた幾星霜たってますが、初山にはちげえねえ、ということで。

埼玉県北葛飾郡は杉戸町にあります、浅間神社の富士塚にお参り。午前7時〜5時まで、という立て看板ががあちこちに立ってました。
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初山記念のうちわと出世飴を買い求め、無事、初山をすませました。

なんかねえ、隣町の宮代にも富士塚あるんだわ。行ってみましょう。ということで行ってみましたが、誰もいません。安養庵浅間神社。が、お参りしました。
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この解説板から抜き書きしますと、
富士塚は富士山に登拝出来ない人のために土を盛り上げて塚を築いたもので、このあたりでは「センゲンサマ」と呼ばれている。富士の人穴を母の胎内になぞらえた子育て信仰があり、毎年七月一日は初山と称して子ども達の成長を祈るため、生まれたばかりの子どもを連れてお参りする。この初山のとき、ミヤマ(三山)といって、杉戸の「河原の浅間様」、山崎の「赤間浅間様」、そしてこの地の浅間様の三ヶ所を参拝する習わしがある。

ミヤマ!じゃ、同じく宮代町山崎の「赤間浅間様」にも行ってみましょう。
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第二の初山うちわを買い求めましたよ。幕がなんかかっこよかった。こちらは午前9時〜4時まで、のようです。
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そして、お札と、おでこに富士山のハンコをおしていただきました。ほんとは子どもだけ?
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こ、これは。富士であり…。なんていうか。小さい石像です。見落とさないように探してください。すばらしい彫りです。

ちょっと離れてるけど、幸手にも初山やってるとこあるんで、いってみました。が、ここは赤ん坊連れでないと、入り込めない雰囲気。なかなか混んでました。ので、遠くから、お参り。
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ミヤマをすませて、いやミヤマ半くらいでしょうか、その後、幸手の浅間神社前の布団屋をのぞいて、結構なお宝をゲットー!しました。パイセンは、布団地用の銘仙なるもの(柄がかあいいんだ)をどこぞからひっぱりだしてきていました。いーなー。私は、ずーっと探していた、八端判(普通よりちょっと大きいんですよね)のいかれた座布団カバーを見つけて、小躍りしながら帰りましたとさ。
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7月 222015
 

今日は国際ジン・ライブラリーの日。地元のジン・ライブラリーを訪ねましょう、という日。

朝方、twitterで書きましたが、ジン・ライブラリーっちゅうもんは家の近所にはないので、そのかわり、地元の図書館の地域/郷土の棚をのぞくことにしています。毎度、熱にうかされた地域の研究家の冊子を掘り出してはパワーをもらったり吸いとられたりしてたいへんなことになってるんですが、今年のベストはもうこれだろう!とおすすめしたいのがこちらです。

歩いた・見た・調べた 横浜市立歴史博物館 民俗に親しむ会
鶴見川流域フィールドワーク調査報告 に掲載の

加藤節男さんによる
●鶴見川流域の「おしゃもじ様」巡りあるき
●石に記憶を託した人々と石が託された記憶 〜鶴見川流域の「近・現代の戦争の記憶」〜
の2本。

横浜市内の神社の片隅の社に釘付けされた薄汚れた14枚のしゃもじを偶然みつけたとき、自分の家の米櫃に自分の名前が書かれたしゃもじが入っていたことを思い出したことからはじまる石神(しゃくじ)信仰、探求の旅。スリリングです。東京にも石神井という地名があるけど、石神信仰と関係あるのかな?

で、さらにすごいのが、2本目の石に記憶を託した人々と石が託された記憶 〜鶴見川流域の「近・現代の戦争の記憶」です。

少し、内容を紹介します。

人影のない神社に据えられた「立派な忠魂碑、慰霊碑などの碑の多さ」や、墓地の「戦争で亡くなった兵士のお墓のひときわ目立つ造りの立派さ」に気づいた筆者は、鶴見川流域(日本有数の軍需工業地帯だった鶴見川下流、戦場へ兵士を送り出した農村地帯の鶴見川上流)に散見される石から、戦争の記憶をたどってみようと思い立つ。

川崎の大戸神社の狛犬は、日露戦捷紀念に奉納されたもので、砲弾をかかえている。
ここまでわかりやすいのはみたことないけど、神社にいくと日露戦役の碑、ほんとによくみます。埼玉では川口神社にも立派なのあった記憶が。

先端がとがり全体的に細長いお墓は、日中戦争時に建てられていることに関する調査や、鶴見区のお寺の空襲の炎で赤く焼けた墓石群、JR鶴見線国道駅のコンクリートの壁に残る米軍の機銃掃射による弾痕を紹介するなど、ほんとに詳細だ。どれもこれも石が記憶している過去といえよう。

東京・町田市の神社では狛犬の台座に刻まれた文字が削り取られていることに気づく。そして、ここからの技がすごい。横からLEDを当てると削った文字を解読できるという。「戦勝祈念 大東亜戦争大詔奉 載第一週年記念日」「願主 東京市世田谷区経堂 氏名は略」「昭和十七年十二月八日」敗戦後に消したんだろう。

その他にも鶴見区の神社にあるという愛国婦人会の遥拝所。これまた石でできており、遥拝する方角が示されている。3本の直線が石の上面に刻まれており、それぞれ、皇居、橿原神宮、伊勢神宮を指しているのだ。こんなのみたことないなー。

そしてこれも、横浜にとんと縁のない私は初耳なのだが、「こどもの国」という横浜の山の中にある遊具があったり、小さい動物園があったりという巨大な公園のようなところなんですが、ここにも「平和を祈る」碑が建っているんだそう。そして、その碑の裏にはこんな言葉が刻まれているのだ。

『戦争のない世界を願って』
「こどもの国」は第二次大戦中「東京陸軍兵器補給廠 田奈部隊」と呼ばれ、園内の森には高射砲や手りゅう弾などの砲弾を作る工場とたくさんの弾薬庫がありました。
 戦争がはげしくなった一九四四年から一九四五年、神奈川女学校の学生であった私たちは、国の命令で勉強をやめ、この工場で砲弾を作る作業につきました。その砲弾が地球上のだれかを傷つけたのではないかと思うととても恐ろしい気持ちです。戦争を再び起こしてはなりません。この思いをこめて、女学生休憩所跡の丘に、平和を祈る碑を建てました。
 平和な世界のなかで、こどもたちがのびのびと育ちますように。

一九九六年 三月二八日
神奈川高等女学校(現 神奈川学園)
本科29回、30回卒 動員学徒有志一同

身近にこんなに重層的に歴史を感じることができるものがころがっているなんて。もっとよくみて歩いてみてみないとなと、多大に影響受けてます。

http://www.rekihaku.city.yokohama.jp/koudou/study/publications/houkoku/201501_tsurumigawa_fw/
横浜市内の図書館にはあちこち置いてあるようなので、横浜にいかれることがあったらぜひみてみてください。

3月 122015
 

きのうは東京の神田付近を歩きました。

神田錦町では、西海商店という、パン、タバコ、菓子を売っているお店に立ちよりました。
木枠にガラスが張ってあるケースに、商品がきちっと並べられています。こういうお店、よっぽど人里離れたとこじゃないかぎり、集落には必ず一軒あったなー。昭和50年代くらいまでは。
こちらは奇跡的に現役で近隣に勤めている皆様の憩いのスペースのようでしたよ。
建物はといいますと、かなーり古いけど戦後のものなんだそうです。ネットを探したら、東京空襲で消失した区域の地図があったので、転載します。
皇居の北東すぐのところが錦町です。この辺はやはり焼けたところのようです。
しかし、商店としては、ひとつ前の震災(関東大震災/1923年)の後からやってるそうなので、90年くらいになるのかな。西海って名前。長崎と関係あるのかなー。きくの忘れました。
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黄色い線はきのうの私の足どりです。

その後、すずらん通りの東京堂書店へ。階段のところに空襲後の写真パネルが展示中でした。一階では、壁一面にホロコーストの特集、それから「井田真木子著作撰集第2集」(里山社)刊行記念として、井田真木子が生前「私の本」として挙げていた本のフェアも。明日(3/12)には関川夏央と酒井順子による「『井田真木子』というジャンル」というテーマでの対談トークショーがあるみたいですよ。

さらにフラフラと歩きます。外堀通りを北へ。昌平橋で神田川を渡りさらに北上。湯島天神下の交差点。ひさびさに来てみたら湯島駅前の喫茶ボンジュール、なくなってました(泣)。右折して春日通りを御徒町に向かう中途にスコッチバー発見!
細〜い階段をのぼってみると、カウンターのみのお店。
スコッチ、ウィスキー、バーボンの瓶がズラズラと並んでおります。当方シロートにつきわけがわかりません。
さあて、メニューもなんもない店でどうしたもんかと唸ります。酒屋なんかで見たことあるラベルのはだいたい600円〜。
しかし、どーせなら珍しいもん呑みたいな、とゼータクを夢見たが、値段きいて断念。50年モンとかやべ〜値段ですっ。
2011年の地震のときは大丈夫でした?と訊ねたところ、100年モノはじめ、かなりの数割れて数百万の損害だったとか。ヒエー!!!

あのとき私は千葉の浦安にいたんですが、電車が動かなかったので、家まで12キロほど歩いて帰りました。途中、酒屋やスーパーの前を通ると、おっこって割れたんでしょう。酒のにおいがたちこめていました。この日のことは、小誌2011年10月号(表紙は焼きたてパンのクマ)http://obakedaigaku.net/?p=3347と、2012年3月号(島原の子守少女)http://obakedaigaku.net/?p=209にもかいています。
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地震直前ののんきだったころのレシート。いつもどおりブックオフってました。

さて、こちらのスコッチのお店は開業44周年とのこと。そのころは地下鉄の千代田線はまだ通っておらず、都電が走っていた時代。
マスターは、上野生まれの上野育ちの現在70代。田舎に親戚のない子供たちは、栃木に集団疎開し、敗戦後、上野に戻ってきたけど、学校の校舎も焼けちゃって足りないので、学校は三部制で、入れ替えて授業があったそうです。5、6年生が主に勉強して、1、2年生なんかは遊んでたようなもんだったとか。

そんなことをおききしながら、シングルモルトをいただいてみました。シングルモルトってのはスコットランドの単一の蒸留所で作ったものということ。ブレンドしてない。で、GlenDronach(グレンドロナック)12年というのにしてみました。GlenDronachとはゲール語で「黒いちごの谷」という意味だそう。ゲール語ときけば、ケルト神話と直結してしまいますねえ。さあ、これは香りがいい!語彙がなさすぎますが。ドライフルーツのような濃縮した香りっちゅうか。

こちらのバーは、向かって右側の棚にスコッチ(スコットランドのウィスキー)がズラズラと並んでおり、左側がバーボン(アメリカのウイスキー)。で、バーカウンターの真ん中に10数本、島のようなかたまりが。ここをじーっとみてみたけど、なにも理解できまっせん。するとマスターからそこはアイラだよ。保健室のにおい。という恐ろしいアドバイス。香りをかがせてもらうと、ウェー、保健室だ、消毒だ、というかんじ。しかし物好きなパイセン(書き遅れていましたが学生時代の先輩も同行中)は果敢にも最も強烈だというLAPHROAIG(ラフロイグ)の10年に挑戦。LAPHROAIGはゲール語で「広い湾の美しい窪地」という意味なんだそうですよ。ちょびっと味見をさせてもらうと、こ、こりは!たちあがってくるにおいは保健室なんだけど、味は燻製。ソーセージ食べてるみたい。つまみいらんやんけ!なかなかくせになる味です。パイセンからはこの味の紅茶ある!との指摘。ラプサン・スーチョン。えー!キームンじゃない?と思ったけど、今調べたら、キームンはラプサン・スーチョンを真似してつくったもんだとか。。。Islay(アイラ)はスコットランドの小さな島で、このスコッチの蒸留所があるところなんですが、なんと島の水自体がこの味の源なんだとか。佐渡島くらいの大きさなのに、蒸留所が8軒もあるそうで。湯島のIslayコーナー(通称・保健室)、ここを徐々に攻めてみたいものです。うーん身近なものでいうと、正露丸のにおいをかぎながらスモークチーズかじってみたりとかすると近いかな。なんじゃそりゃ!
それにしてもウィスキーっつーもんは時間が経つほど、おいしくなるんですねえ。いつか50年モノなど味わってみたいものです。お金貯めなきゃあ。

そして。開けて今日は大地震から4年。夕方にラジオをきいてたら、埼玉に被災地から避難している方々をつなぐ活動が紹介されてました。
あした、3/12の11時〜15時まで、さいたま新都心駅そばの男女共同参画推進センターの和室で、さいがいつながりカフェというのをやるそうです。月に2回、定期的に行われています。3/22(日)にはトークイベントがあるそうです。→http://www.pref.saitama.lg.jp/withyou/event/list/dis-cafe.html
福玉便りというペーパーも発行されています。特に春の号外→https://fukutama.wordpress.com/2015春の号外/は、避難している方々以外に向けて発信されています。

追記:2015年3月14日(土)の朝、TBSラジオをきいていたら、永六輔の話でこんなことがきこえてきた。東京の下町で空襲のあった1945年3月10日は、国民学校の卒業式を執り行うというので、疎開していた子供たちを一旦帰宅させた。そのせいで、亡くなった子供が多数いたとのこと。

7月 212014
 

今月は国際ZINE月間。アメリカのZINE作者アレックス・レックさんの提案による1日1件のアクティヴィティ。
31日間、この日はこれをやってみよう!という呼びかけです。
これをLilmagの野中モモさんが日本語に訳しています。
http://blog.lilmag.org/?eid=1037462

で、今日7月21日はというと、国際ジン・ライブラリーの日! 地元のジン・ライブラリーを訪ねましょう、とのこと。
私のふだんの行動範囲内にジン・ライブラリーってあるんだろうか。図書館の地域資料とか郷土資料とかってとこにときどきおもしろいものが置いてあります。これをジンとよぶのかといわれれば、違うかなあ。でも地元のはなし、しかもちょいと前のことを知りたいときには、地元の郷土史爺のかいたもの読むと、すっごくおもしろいですよ。情熱がやばい。。。

例えば、東京・新宿区四谷図書館にある「私誌 四谷・さめがはし放談」素老人・長尾保二郎(鍼灸士)による鮫河橋付近のお話満載の小冊子。年四回で昭37〜49年までのがあります。「帰仁」というのがタイトルだったみたいだけど、合本にするときに「さめがはし放談」にしたみたい。

さめがばし、で検索してみると、「鮫河橋地名発祥の碑」というのが建ってるらしーのだが、アッ、ここにも素老人の名が!
http://blogs.yahoo.co.jp/yoake2/32320814.html

他にもおすすめあります。
埼玉・川口市立中央図書館にある「生き方のフォークロア 1 小山巳之助 上・下」川口市教育委員会。市でつくってるから、これはもう完全にジンの範疇ではないけれど、おもしろいのであえてかいときます。「オバケダイガク 2013年8月号」でも引用させていただいています。川口の鉄の鋳物職人の小山巳之助氏への聞き書き。明治38年生まれの方に平成元年〜2年にきいた昔のおはなし。

見習いのころは月に二回しかない休みの日にも、得意先に注文品を届けたりしたとか。川口から東京の岩淵との間の川には昭和3年までは橋がかかっておらず、船を並べた上に板を渡した仮の橋の上を、大八車に荷物を積んで運んだんだそうです。帆掛け船が行き来するので、橋を架けられなかったと。小山さんの口調がもろ江戸弁で、文字になってるのをみると声がきこえてきそうな親密さです。

例えば、子供の頃過ごした長屋での冬場の暖房は?の問いには
「金玉火鉢だね。金玉火鉢。うーん、まーして、暖房だなんて、第一、燃料がねえもの。ねえ。」
金玉火鉢。そのことば、ようく覚えておきたいと思います。

8月 122013
 


2013年5月31日に閉店した埼玉県川口市・さいわい湯の写真です。
赤ちゃんの着替えをするための台のついたロッカーがあったり、脱衣所の高い木製の天井の角のところが丸みを帯びていたりしてかっこよいのです。
オバケダイガク2013年8月号のレタリング保存協会はこちらの銭湯で採集しました。

川口の一箱古本市に出店していたとき、さいわい湯のことを教えてくださった方、ほんにほんにありがとうございました。

そしてそして、写真を撮ることを快諾してくださったさいわい湯のご主人に感謝いたします。

7月 302013
 

今度のTBSラジオ「粋な夜電波」のゲストはニューラテンクォーターの元社長山本信太郎氏だそうですよ!
8/4(日)TBSラジオ「粋な夜電波」軍事用語で19時より20時30分。
かかる曲はすべて、当時、ニューラテンクォーターで録音した音源だそうです。最近CDになってる→
http://www.clinck.co.jp/merurido/catalogue.php?srcbnr=3876

粋な夜電波がネットされてない(なにせ福岡ではきけないのだ!)地域の皆様はどうしましょう。。。
ポッドキャストはあるけど、音楽がきけないのがなにせ苦痛。

7月 182013
 

2013年7月13日(土)~9月8日(土)丸木美術館(埼玉県東松山市下唐子1401)
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2013/2013sakube.html

山本作兵衛の絵は、福岡の田川市石炭・歴史博物館で常設展示されています。
博物館の展示内容をわかりやすくレポートされている方がいらっしゃるのでリンクを張っておきます。
http://spaspa.gnk.cc/20051121_3/20051121_03.html

麻生太郎ってセメント屋だと思ってたんですが、先々代は石炭王だったんですね。福岡出身のくせにこんなことも知らなくて恥ずかしい。
香春岳(かわらだけ)ってなんか朝鮮語っぽいけど、関係あるのかな。あ、あれは春香伝か。朝鮮の恋物語。香春岳は石灰岩の山で、セメントを採るため上半分削られて真ったいら。埼玉・秩父の武甲山(ここも石灰岩)も同じように削られてるけど。霊山削っちゃったかあ、と最初見たときは衝撃でした。

ここの博物館にはかなり凝りに凝った炭鉱住宅の再現があるんですが、「青春の門」の主人公の父親の名前の表札がかかっていたとは!気づいてなかった。

2009年に東京の目黒区美術館で、‘文化’資源としての<炭鉱>展、というのがあったんですが、実のところ、ここで山本作兵衛の絵をみるまで、女性も坑道に入っていたと知りませんでした。このときの展示で福岡のテレビ局RKBが制作した「炭坑美人」という番組が壁にはりつけたちっこいモニターで上映されていたんですが、あまりにもおもしろくて、45分間、占拠して立ち尽くしてみてしまいました。
2002年の筑紫哲也のNEWS23で紹介された模様
この番組をまた見れないもんかと探してみたら、横浜にある放送ライブラリーというところで見れそうですよ。この施設自体を知りませんでした。中華街の近くだ!今度、中華街にいくときに寄ってみよう。
http://bpcj.or.jp/search/show_detail.php?program=159677

6月 182013
 

福岡バナシ その4

「明太子をつくった男」ドラマ化(テレビ西日本にて放映)
予想では川原俊夫役、陣内孝則説をたてておったが、見事に外れた!
華丸やった。結構似とるのでは?
そして年々、大吉センセ(友情出演:スケトウダラ役)と華丸氏が似てきているのがコワイ。

博多辛子明太子のルーツは朝鮮だと知らない方もいらっしゃるようなので簡単に説明いたしますと。。。
日本で明太子を再現したのは川原俊夫という人で、戦後、ふくやという店を中洲ではじめた人です。「マネーの虎」のラーメン店なんでんかんでんの社長の祖父とかききますけど、2ちゃんでは俊夫氏の兄の孫とかかかれてます。。。釜山にいたころ富久屋という店をやってたのははなんでんかんでんさんの祖父みたいですがね。しかし明太子買うと入ってるしおりに載ってる写真の顔はなんでんかんでんさんにそっくり。
ふくやの漫画もありますよ~ん。
http://www.fukuya.com/fff/history/manga.html

6月 042013
 

ロイヤルホストのメニューは愛がほとばしりすぎてど〜かしちゃってるという話題でTBSラジオは沸いておりますが。
つまり「デニーズなんかと比べてもらっちゃ困るんです。正直。全然違う!」マルシー菊地成孔。

そ〜んなロイヤル創業者エガキョン(!)の「私の履歴書」のリンクが、Lilmagのモモさん、新・おいしい果物のinukoさん経由で漂着しましたので張っておきます。航空関連との因縁が深いのはそういうわけだったのか。。。空港ってなんだかROYAL多いなあという気がしていましたが。
ところで「キルロイ・ワズ・ヒア」って何?日本の田舎の高速道路の橋桁とかにかいてある、「ナントカ参上」と似てますね。
エガキョンの名前が匡一でなく一匡だったら、ペニシリンは届かなかったかもしれませんよ。

関連の過去の記事:福岡バナシ福岡バナシ2

3月 232013
 

春日部の駅前を自転車で流していると、「この夜を越えられない僕らは積み木の汽車」とつい口づざんでしまいます。というのもこの唄は春日部が生んでしもうた鬼ッ子阿久津兄弟によるsheenというバンドが90年代にあったんですが…。オイちゃんこと阿久津隆一の悪戯ゴコロに加え、スウィートでヒステリックな曲作りは、ファンを狂わせたものです。彼らのアルバムの中に「ORANGE BALL」というタイトルの盤がありまして。たしか春日部の駅前にそのような名前の店があってね、というのを聞いていたので、どこにあったのかなあと思って(2年前に東武伊勢崎線沿線に越してきたのでこの辺の昔のことシランとです)、探してみたけど。ないんですよねえ。だもんで、ネットで検索してみたら。
春日部でなく、おなじく伊勢崎線は草加の松原団地駅前でした!なんとなんと(桐野夏生「メタボラ」の登場人物、宮古出身の昭光風に)!
http://blog.livedoor.jp/umiwasi/archives/52158455.html

そしてさらに検索すると、このオレンジボウルは以前A&Wだったとか。なんとなんと!エンダーだったとは…。
A&Wは日本には沖縄にしかないと思うなかれ。いっとき、東京の神谷町にもありました。以前、職場が近かったので、ルートビアのキテレツなお味と薄甘いオニオンリングのマリア〜ジュ!にはまってました。

なぜA&Wが松原団地にあったのか?
「フランチャイジングの萌芽とA&W沖縄」という論文を読むと、松原店は1973年に郊外型立地の実験店としてオープンしたと。店舗面積148.5㎡。50席。
さらに2ちゃんねるに書き込まれたものを見ると、店舗が五角形だったとか。五角形?五角形って。ペンタゴンかい!
↑スタンプカードのスタンプ欄も五角形!このカードとかみるとロゴとかカッチリ作ってあるし、オレンジボウルも個人経営ではないかんじしますけど。オレンジボウルは他に東京の成増にもあったとかいう2ちゃん情報も。今、モスのコーヒーショップのモスコになってるとこにあったとか。成増は戦後、グラントハイツというアメリカ空軍の家族宿舎があったとかききますが。詳しい方、教えてください。
オレンジにハンバーガー。私がガキの頃はやたらと、牛肉、オレンジの輸入問題が取りざたされてましたが。アメリカと日本の関係ってのはいつまでたってもアレですね。

松原団地のあるところは大水の出やすいところなので、そういう個人では造成できないところを公団が一気に宅地にして、地を固めて団地を作ったとききかじり、ほほーと思ってましたが。松原団地のことを書いてる方のブログがあったのでみてみると。つかっとるやん!
http://8beat-kabe.jugem.jp/?cid=11
http://legend1998.jugem.jp/?eid=66
今は、首都圏外郭放水路もできてるから大丈夫だと思いますけども。どっちにしろこの辺は関東平野のまっただなかでべた〜っと平たいので、洪水っていっても、タイみたいなジワジワくる洪水でしょうから、どうにか逃げられるとは思いますが。米の栽培にはいいんでしょうけどねえ。

という元田んぼに造成した巨大な団地にできたオレンジボウルは農家OR団地の不良息子たちに多大なる影響を与えてきたようです。
が、そのオレンジボウル、1985年に廃業、その後ドムドムバーガーになり、1988年に駅前の区画整理でなくなってしまったということで。ああ残念。外観の写真もみてみたいです。

1月 122013
 

昨日のTBSラジオ「Dig」の中で、フリーライターの藤木TDCが、「現代用語の基礎知識」の創刊号について話していておもしろかったです。
そもそも「現代用語の基礎知識」が終戦直後の昭和23年に創刊されていたことを知りませんでした。
民主主義という言葉がいっとう最初に出てくるという。その当時、最も流行っていた言葉、注目すべき言葉だったんですねえ。
アメリカによる占領政策と、労働運動という相反する動きから生まれてきた「日本の」民主主義とは、なんだろう。。。
その他、ビフテキ文学、スリラー料理、スーベニアショップ、バイヤーなど、今では聞かない言葉、意味が異なってきている言葉もいろいろと載っているらしい。
原本はなかなか手に入らないが、過去に復刻版を付録につけた時期があるので、古本やネットでさがせば、みつかるそうです。
昨日の放送はmp3でアップされてるので聴くことができます。
http://www.tbsradio.jp/dig/2013/01/digtag-395.html